2007年 01月 25日

旅のはじまり

 僕がはじめてオートバイに乗ってひとり旅に出たのは21歳の盆すぎであった。
しかし、今思えば、その始まりは中学生くらいであろうと思われる。
別にその頃ひとりどこか遠くへ行ったワケではないのだが、その頃から心の中にフツフツと沸いてくるものがあったのだ。

 あんまり学校などになじめなかった僕の楽しみは、土、日の休みであった(誰でもそうか・・)
休みの日には何かしたい!と願っていても気の合う友達もいず、結局日曜日には家に居ることが多かった。そんな頃、部屋から窓の外をいらだつように眺めていた記憶がある。
ーーー正午をすぎ何もできずに遠くの青い空をみつめているーーーもうすぐ日曜日は終わりを告げ、またいやな学校がはじまるーーーなのに何だ!このザマは!---
その頃から、「ここじゃない何処かへ」という気持ちがわいてきたのであろう。

 14、5才といえば多感な時期だ。
そして、多感なワリに自分が何してるのかよくわかってない時期だ。
毛の量は増えるのに。

  「 14才ともなれば  町をうろつきたい年頃なのさ
    いつもどこか遠くの方で カーニバルがひらかれているような気がしてる 」

 20代になって友部正人の「ライオンと少年」の一節を聴いたとき、正午過ぎなにもできずにみつめていたあの青い空がよみがえった。
「このことだ。」と思った。
何もできなかった中学生の僕だが、実は心の中で旅が始まってしまっていたのであった!
オートバイに乗って北海道を目指す6,7年前のことである。(その時歴史が動いた!風)
場所を移動するのも旅であるが、実は心の中でする旅の方が長く、果てしなかったりするのだ。

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# by yamakichitomaya | 2007-01-25 08:22 | ベル つれづれ | Trackback
2005年 03月 05日

小樽という町

小樽という町は北海道にありますが、北海道っぽくない所でもあります。
北海道のイメージといえば!?地平線、どこまで続く直線道路、牧場にサイロにホルスタイン!
などなど、そんなイメージがあるとおもいます。
しかしこの小樽という町には地平線もみえないしどこまで続く直線道路もないし、牧場も
サイロもホルスタインも見かけません。
小樽は山がせり出したすり鉢状の古い港町、坂道に路地に古い石造りの倉庫、廃線のレールに
ノラ猫に飲み屋の看板?
といったカンジでしょうか、雄大な北海道のイメージとはずいぶん違う印象があるのがこの小樽
という町でないかなと思います。
ぼくは21歳のとき、雄大な北海道にあこがれ出身地浜松からオートバイにのって旅にでました。
4日間かけて青森の大間から船で函館へ上陸!あの時の感動は今でも忘れられませんね。
そしてひと月ぐらいのつもりがいつの間にやら二ヵ月半!走りに走りましたね。
そしてその後あちこちうろうろの放浪の旅が続きました。様々な風景、様々な人たちと出会い
いつしか「北海道に住みたい!」と考えるようになりました。
そして今住んでいるのがここ小樽!
「北海道っぽくない」とかさっき言ったくせに!?なにかつじつまが合わないぞ!と言われそうで
すが・・・
放浪の旅が3年ほどたった時、なんか以前みたいな感動がなくなりはじめました。そうです。旅
が日常の生活になっていた事に気づいたのです!
地平線や牛をみてもなんとも思わなくなったオレ!?
「このまんまでいいのか?」などと思い始めたころ、やってみたのが「町の旅」でした。
見知らぬ町を、見知らぬ商店街を、あてもなくてくてく歩く。喫茶店に、パチンコ屋に、ふらりと入
る。そこに住む人たちの暮らし・・・。
そんなごく普通の風景が、すばらしいもののようにみえるようになりました。
『遠くへ行くだけが 旅じゃない・・・!」 バイクを降りてみてみえてきたことでした。

小樽という町に来たのが99年。ぼくはもう7年間、小樽をやめられないでいる。それは生活が旅
になってきたということか?・・・ でもたまには道東とか行きてーなー!とも想いつつ、この小さく
ゴチャゴチャした愛すべき港町での旅はつづいているのです。
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# by yamakichitomaya | 2005-03-05 11:02 | ベル つれづれ | Trackback